カナダ
BCロッキー温泉探訪

「TRAVEL & RESORTS」No.61から転載。

text & photographs by Hikari Hayakawa

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カナダの温泉に行きたいと思った。

 温泉なら日本で十分じゃないか、という人もいるだろう。日本は温泉地といわれる町だけで二千数百もある世界一の温泉大国である。最新(1999年)の調査によれば、東京都内にだってなんと130カ所もの天然温泉があるのだ。それなのにわざわざカナダまで温泉につかりに行く必要なんてない、と
思う人もいるかもしれない。
 でも、僕はちょっと疑問に思うのである。果たして僕たち日本人が信じている“日本は世界一の温泉大国”という称号は真実なのだろうか。
 僕がカナダの温泉に興味を抱いたのは、カナダの法律では「ボーリング(採掘)によって人工的に噴出させたものを温泉とは認めない」ということを聞いたからだ。
 この法律がもし日本でも適用されるなら、全国に数万箇所もある源泉の多くが、温泉とは認められないことになる。東京23区内の温泉などはすべてボーリングによるものだから、全部“温泉ではない”ということになってしまうのだ。
 

 カナダ政府がボーリングによる温泉を認めない理由はいたってシンプルである。それは「ボーリングによって噴出した地下水は本来地表にあるべきものではない」からなのだ。だから、噴出した温泉をそのまま川に流すことも禁じているという。
 それを聞いてなるほどと思った。地殻変動や火山活動によって自然に湧出したものはともかく、本来、地下世界にあった金属イオンや放射線を含む水を、ボーリングして地表に出して川に流すことは、とても地球環境にいいとは思えないからだ。
 カナダの温泉は太平洋側であるブリティッシュ・コロンビア(BC)州に多いという。それはおそらく、この地が日本と同じ環太平洋火山帯に位置するからだろう。大都市の近郊にも温泉はあるらしいが、どうせならカナダの大自然に抱かれて、じっくりと“ボーリングではない真の天然温泉”に浸りたいものだ……。
 そこでカナディアン・ロッキーのBC州側、いわゆる「BCロッキー」に行ってみることに決めた。

 バンクーバーで国内線に乗り換えて一時間ちょっと、今回の旅の玄関口であるクランブルック空港に着く。ここからレンタカーを借りて、まずは最初の目的地、アインスワース温泉を目指す。 
 このアインスワース温泉は、日本で資料を見ていて僕が最も興味をひかれた所だ。なにしろここには「全長30メートルの洞窟風呂」があるのだ。洞窟風呂といえば、日本にも長野県の仙仁温泉や熊本県の黒川温泉、そして和歌山県の勝浦温泉『忘帰洞』など見事なものがあるけれど、全長30メートルといえば、それらを超える規模ということになる。

 その途中で「世界一長い無料のフェリー」というのに乗った。これはクートニーレイクフェリーといい、クートニーベイとバルフォアという二つの桟橋を結ぶもので、所要時間はわずか40分ほどだが、地元の人ばかりでなく観光客も無料というのが嬉しい。
 フェリーのデッキに立ち、遠くに見えるセルカーク山脈やコカニー氷河をぼんやり眺めていると、乗務員の青年に肩を叩かれた。「君は日本人? 実はねえ、僕は日本に半年ほど住んでたことがあるんだよ。北鎌倉のパン屋でバイトしてたんだ。で、カナダには何しに来たの? 温泉? あー、僕もねえ、日本の温泉行ったよ。修善寺に。それでワサビ採ったよ。日本のワサビ、旨いよね」と、屈託のない笑顔で語りかける。想像していた以上にカナダの人々は温かく、人懐っこい。温泉で温まる前からカナダ人のぬくもりに触れて、ちょっと嬉しい気分になった。


 
 アインスワース温泉は、バルフォアのフェリー桟橋から15キロほどの場所にあった。
 温泉地といっても、旅館が並んでいるわけでも歓楽街があるわけでもない。小高い丘の上にまだ目新しい建物が一軒あるだけだ。だから日本のような鄙びた風情といったものを期待すると、いささか拍子抜けするかもしれない。
 入浴のシステムも違う。フロントで入浴料を支払うまでは日本の銭湯と同じだが、それからが違ってくる。まずロッカールームへ行って水着に着替えなくてはならない。カナダには公衆浴場という概念はないから、温泉は市民プールと同じ考えの元に管理、運営されているのである。だから、混浴が認められるかわりに水着の着用が義務づけられているのだ。
 この点が、カナダの温泉の最大の特徴であり、日本人にとってもっとも違和感を感じるところだろう。「温泉は裸で入るもの」という感覚が身についている日本人にとって、水着の入浴というのはどうもしっくりこないからだ。だが、その反面、混浴でもリラックスできるという利点もある。幼い子供たちが両親と一緒に入浴したり、老夫婦が肩を寄せ合って湯につかっているなどという光景は実に微笑ましいし、日本の温泉地ではあまり見られないものだ。

 そしてもうひとつの大きな特徴は、温泉を源泉そのままでなく、濾過をして使用していることだ。実はカナダの温泉は「DRINKING WATER AND COMMERCIAL P00L REGULATION」という法律で管理されており、公衆プールに用いる温泉は“飲用可能なものでなくてはならない”という規定がある。そこで硫黄など強い成分を持つ温泉水については、濾過による処理をしているのだ。この点も日本人にとっては賛否が分れるところだろう。加えてこのアインスワースのプールでは微量だが塩素で殺菌しているし、温度も摂氏36度と低い。そのあまりの情緒のなさに、正直言って「これに入るためにわざわざカナダまでやって来たの……」と、あやうく後悔しそうになった。