第三回 「エビアン」

 世界で最も有名なミネラルウォーターである<エビアン>の生まれ故郷は、レマン湖の南岸にある人口七千人ほどの町「エビアン・レ・バン」です。レマン湖畔の町といってもスイスではなくてフランスに属します。日本ではレマン湖はスイスの湖という印象が強いようですが、実は南岸の四分の三ほどはフランス領なのです。

 しかし、エビアンの町へ行くには、パリから電車に乗るよりは、いったん飛行機でジュネーブまで行って車に乗り換えた方がはるかに早く着きます。ジュネーブからは車で一時間ほどの距離ですが、ずっと湖岸に沿って走るので、車窓からの風景も美しく、楽しめます。

 エビアンの町を形容するなら「風光明媚」のひとことに尽きます。正面にはレマン湖、背後にはフレンチアルプスをひかえたそのロケーションも見事なら、湖に至る坂道のあちこちに点在している花屋、菓子屋、アクセサリー店なども、まるで童話の世界から抜け出してきたようなかわいらしさ。しかも、ラスベガスさながらにゴージャスな「カジノロワイヤル」や、ミシュランガイド一つ星のレストラン「トック・ブランシュ」までが町に彩りを添えています。

 

           フレンチアルプスの山々  レマン湖

 エビアンの町がこれほど立派なリゾート地になったきっかけは、この地に湧くミネラルウォーターが起こした奇跡でした。今から二百年あまりも昔の1789年のこと、オーペルニュ地方の貴族であるレッセール侯爵という人物が、持病の腎臓結石に効果のある水を探し求めてこのエビアンの地を訪れ、地元で評判の<聖カトリーヌの泉>の湧き水を飲んだところ、驚いたことに結石が尿とともに排泄されたのです。レッセール侯爵はこれを奇跡をたたえ、以来エビアンの町には結石に悩む人をはじめとする湯治客が続々と訪れるようになりました。

 

               聖カトリーヌの泉  ホテルロワイヤル

 エビアンの町を象徴する存在といえば、世界で最もゴージャスなホテルのひとつといわれる「ホテル・ロワイヤル」です。ここは本来、1907年に英国の王エドワード七世が自らのために建てた別荘でした。ところが不幸なことに国王は建物が完成してからわずか二年後に死去。したがって別荘としてはほとんど使われることのないまま他人の手に渡り、ホテルとしてリニューアルしたのです。

 このホテルに泊まってまず驚いたのは、庭園にヘリポートがあることでした。聞けばアラブの石油王をはじめとする各国の富豪たちが、ジュネーブ空港からここまで直接ヘリでやってくるのだといいます。彼らはもちろんここでバカンスを過ごすわけですが、彼らが世界のホテルの中からここをあえて選ぶ理由は、いながらにして、エビアンの水を使った水治療とエステが受けられるからに他なりません。

  ホテルロワイヤルのプール 

 そう、このホテルの中には、ヨーロッパの中でもとびきり豪華な水治療施設とエステルームがあるのです。僕も早速、水治療を体験しようと、専門医によるカウンセリングを受けると「あなたは健康だから、水治療ではなくエステを体験したら」との答え。男性でもエステができるということにびっくりしましたが、ヨーロッパの財界人などには当たり前のことなのだそうです。

 そのエステコースのメニューは、まず冷水のシャワーを浴びることに始まり、ジャグジー・ジェットバスで体をほぐした後、リフレクソロジーと呼ばれる足の裏のマッサージをなんと50分間。それからアーモンドオイルを使った脚部のマッサージ、クレイ(海泥)による全身パック、そして10種類のクリームを配合した特殊クリームによるフェイシャル・マッサージなど、まさに至れり尽くせりの贅沢な内容。フェイシャル・マッサージを受けたエステルームは、窓からホテルのプールとレマン湖が一望できる素敵な部屋で、本当に大富豪になった気分が味わえました。

 

豪華なエステルーム  シャワーカプセル

 エビアンの水治療施設は、この「ホテル・ロワイヤル」内のものだけではありません。町の中心地には「エスパス・テルマル」と呼ばれる、一般の人のための水治療センターがあります。このセンターでは、世界でもここだけという、個性的な水治療プログラムである<ママン・ベベ>を行っていることで知られています。

 この<ママン・ベベ>というのは、フランス語で<ママと赤ちゃん>という意味ですが、その名の通り、お母さんと赤ちゃんのためのプログラムなのです。これについては「エスパス・テルマル」の責任者であるパスカル・モンヌロン女史が、こう説明してくれました。

「女性にとって出産は大きな精神的、肉体的ストレスを伴うものです。ですから産後に母親は太りすぎたり、疲労のため病気になったりしてしまうのです。それなのに多くの母親は毎日育児の忙しさに追われ、そして家事もこなさなくてはならないため、なかなか自分の健康を回復できません。<ママン・ベベ>はそうした母親たちのために考えられたプログラムなのです」

 

           古いエビアンのポスター  モンヌロン医師

 このプログラムを受けると、赤ちゃんはまず専門教育を受けた保母さんの手にゆだねられます。つまり、お母さんはその間完全に育児から解放されるのです。だから安心して水治療を受け、プールで泳ぎ、美容マッサージを体験できるというわけです。もし日本にこんな施設とプログラムがあったら、お母さんたちが殺到してしまうことでしょうね。


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