第四回 サンペレグリノ

 イタリアは世界一のミネラルウォーター大国といっても過言ではありません。国民ひとりあたりの平均年間使用量はなんと130リットル。日本の平均がひとりあたり6.3リットルですから、まさに桁違いの量です。販売されているミネラルウォーターの銘柄も300種類近くあるといわれています。

 そんなイタリアでも最もポピュラーなミネラルウォーターが<サンペレグリノ>です。イタリアの水としては唯一、世界50カ国以上に輸出されており。今や、キャンティ(イタリアのワイン)と共に、世界のイタリア料理店の顔というべき存在です。日本のイタリア料理店でも置いていない店の方が少ないほどかもしれません。

 ですが、そのサンペレグリノがイタリアのどのへんにあるのかについては、あまり知られていないと思います。

 サンペレグリノはイタリア北部、ロンバルディア州にある小さな町。有名な観光地「ペルガモ」からは電車で20分ほどの場所にあります。駅名は「サンペレグリノ・テルメ」といいますが、テルメというのはイタリア語で<温泉>という意味ですから、その名前からもここが古くからの温泉地だったことがわかります。

   
町の背後に迫る断崖

 町に着いてまず驚くのは、眼前にそびえるイタリアンアルプスの雄大さと、建物のすぐ背後まで迫っている切り立った断崖の険しさです。聞けばこのサンペレグリノの地は太古の地殻変動によってできた深い谷であり、その特殊な地形ゆえに鉱泉が湧出するのだといいます。それにしても地震や大雨による崖崩れの多い日本では、とてもこんな地形の場所を町にすることなどできなかったと思います。

 しかし、谷地を走るブレンバーナ川を中心として、その両岸にホテルや商店が並ぶ町のたたずまいは、そのひなびた雰囲気と共に、日本の箱根湯本や那須塩原あたりの温泉街を連想させ、なかなかに風情があります。僕が訪れたときはすでに10月下旬のオフシーズン時でしたので、観光客の姿はほとんど目にしませんでしたが、それでも夏には避暑地として、またマウンテンバイクなどのアウトドア・スポーツの拠点として賑わうそうです。

 もちろん、この町にもフランスと同じような<鉱泉治療センター>があります。サンペレグリノの水は肝臓や腎臓疾患に特に効果があるのだとか。この水が発見されたのは今から700年も前の13世紀のことで、布教活動のためにヨーロッパを歩いて横断していたカトリック巡礼者が病に倒れたとき、この水を飲んで奇跡的に回復したという伝説がその起源です。そして15世紀にはミラノの貴族たちにも知られるところとなり、晩年をミラノで過ごしたあのレオナルド・ダビンチも飲んだという逸話が残っています。


鉱泉センター

 しかし、このサンペレグリノの町がその名をヨーロッパ中に知られるようになったのは19世紀のこと。1848年に最初の鉱泉施設がこの地に建てられたことを皮切りに、ヨーロッパ各国の王族、貴族がこぞって訪れるようになり、20世紀初頭にはグランドホテルをはじめとする豪華絢爛たる建物が建ち並び、ヨーロッパでも最もファッショナブルなリゾートと呼ばれていたそうです。

 
カジノ内部        飲水ホール

 その当時の面影を今に残すのが、総大理石張りの床と壁一面のフレスコ画が美しい<飲水ホール>と、建築家ロメロ・スカッドレッリの手になる<グランドカジノ>です。残念ながらカジノはイタリアの法律によって営業を停止(イタリア国内にある合法的なカジノは「サンレモ」「ヴェネツィア」「サンベンサン」「カンピオーネ」の4カ所だけだそうです)していますが、建物は貸ホールとしてパーティ会場などに使われています。

 僕はこれまでいろいろな国のカジノを見てきましたが、この<グランドカジノ>ほど豪華なものを知りません。まるでハリウッド全盛期の映画のセットのように派手でなおかつ格式の高さ、優雅さも備えたこの建物の美しさを、どう形容していいかわからないほどです。きっとかつてはこの地の領主だったヴィスコンティ侯爵も、サンペレグリノの水を片手にここでルーレットに興じていたに違いありません。このカジノの姿は、今もボトルに描かれています。

                           カジノ内の階段        カジノ外観


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