第六回「アベンヌ」

 日本では缶入りのフェイシャル・スプレーでその名を知られる「アベンヌ」は、1743年に最初の鉱泉治療施設が造られたという、ヨーロッパでも有数の歴史を持つ“水の町”です。そして1874年には、フランス政府から皮膚疾患の治療に効能ありとして“公益の水”に指定されています。つまりアベンヌは飲んで健康にいいだけでなく“肌にかけて効く水”なのです。とりわけ、日本では効果的な治療法がないとされているアトピー性皮膚炎の治療には、高い実績を上げているそうです。

 アベンヌがあるのは、南フランスのラングドック地方。同じ南仏でもプロヴァンスよりもずっと西、スペイン国境に近い場所にある小さな村落です。ここへ行くにはパリでフランス国内線に乗り換えてトゥールーズ空港まで行き、そこからじつに3時間も車に揺られなくてはなりません。

 やがてたどり着いたアベンヌは、小高い丘の上に建つ教会の鐘楼をシンボルに、ローズ色の屋根の小さな家がひしめくようにして立ち並ぶ、まるでヨーロッパの絵本から抜け出たように美しい村。その村落から1キロほど離れた場所にあるアベンヌのテルマリズム・センター(鉱泉治療施設)は、村の佇まいとはまったく対照的な、ガラス張りのエントランスが目をひく現代建築です。聞けば、それまであった古い施設を1990年に全面改築したということで、センターの内部もじつに明るく清潔感にあふれたつくりになっています。


テルマリズム・センター  ロビー

 
 このセンターには年間を通して1500人もの患者が訪れますが、その3割がアトピー性皮膚炎に悩む14歳以下の子どもです。アトピー性皮膚炎は日本ばかりでなくヨーロッパの先進国でも深刻な問題となっており、フランスでは3歳以下の乳幼児の14〜17パーセントにその症状が表れているといいます。特にパリのような大都会に患者が多いのだそうです。

 治療のメニューは、水流によって全身のツボを刺激するジェットバスや、強い水圧によるシャワーバス、そして霧状にした水を浴びるミストバスなど、基本的には他のセンターと同じです。違うのは、屋上で日光浴しながらシャワーを浴びる治療や、アベンヌ水を原料にして作った美容クリームによるフェイシャルパックなどで、これらの治療は患者の症状によってプログラムに組み込まれます。もちろんステロイド剤による治療はごく一部の例外を除き、行われません。


ジェットバス シャワー


 子どもの患者も大人と同じ場所で同じメニューの治療を受けますが、感心したのはバスタブの近くにおもちゃを置いたり、部屋に子どもたちの描いた絵を貼ったりと、子どもたちを緊張させないためのさまざまな工夫がしてあることです。ジェットバスなどは母親も一緒に入れるように浴槽がふたつ用意されていたり、乳幼児を安全に浴槽に入れるための特別な器具があったりという細やかさは、このセンターならではのもの。

 センターの選任医師であるディディエ・ゲレロ氏によれば、アトピー性皮膚炎の発症には精神的なストレスが深く関わっており、ストレスを伴う治療では、かえって症状がひどくなる場合があるそうです。まして患者が子どもたちともなれば、より細かい配慮が必要となります。ゲレロ医師は皮膚科医であると同時に精神科の学位も持っており、肉体と精神の両面から治療に取り組んでいますが、その結果、このセンターは改善率がアトピー性皮膚炎以外の全症例も含めて80パーセント以上という、非常に高い実績を上げているとのことでした。


おもちゃ        子どもたちの絵

 それにしてもアベンヌの水が、さまざまな皮膚病に治療効果があるのはなぜなのでしょう。僕がゲレロ医師に聞いた話を整理すると、その理由は以下の2つです。

 ひとつはこの水が、ミネラル含有量の少ない軟水であり、またpH(ペーハー)が中性に近いため、肌への刺激が少ないことです。そしてもうひとつが、この水に銅、亜鉛、フッ素などのトレース(微量)ミネラルが多種多様に含まれていることです。その多様なミネラルが相互的に作用して、免疫力を促し、自然治癒力を高め、皮膚病の治療に役立つと考えられるのです。とりわけ主成分のひとつであるケイ酸塩という物質は、肌の表面に保護膜を作って、炎症やかゆみを抑える性質があり、皮膚病はもちろん一般の敏感肌の人にも効果があるそうです。


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